音楽の館
★このサイトはwindowsのみに対応しています。他のOSでの画像の崩れなどご了承ください。表示→文字のサイズ→(中)でご覧下さい。
BBS!ご批評ご感想をください。
■エドワード佐野プロフィール
●このページの小説↓
■「はなみずき」17−05−26
■「ご来光」17−9−8
■「予報」17−01−13
■秋の空(18/09/06)
■「漂白剤・奴(やつ)」17−11−3
「漂白剤・奴(やつ)」17-11-3
 注意書きに、本漂白剤は他の洗剤との混合使用は毒物が発生するため絶対にさけること、と書いてある。明はにたりと笑った。しかし、ほ んのいたずらといった気持ちからでもある。かつて、他人をあやめたことなどはない。でも気に入らない奴だった。何とかぎゃふんとしてやり たい奴だった。殺してやりたいと思ったこともあった。過度のいたずら、無責任だけれど、そういっていいかも知れない。結果からいえば、奴 は喉頭がんになった。有毒ガスを半年あまり、少量だが吸っていたのだ。明が仕掛けたいたずらだった。黙っていればわかるはずはなかっ た。
「お見舞いどうする?みんなで行きましょうか」
「たった1週間でも僕にとっては先輩、世話になったし」
 明は奴に対して、しゃくに障るが認めていた。すなわち、てきぱきと仕事はできたし、みんなの前で発言するにしても的を得ていたし、他の 社員にも新人にしてはと、一目置かれていたのだ。ただ自分より年下だった。しかも自分は専門職でも、奴はずぶの素人だった。大きなレス トランの洗い場。洗浄室の、水回りの仕事は明にとって10年ほどのキャリアがあった。奴は人生で初めてのアルバイトだという。冗談ではな かった。そんな朴念仁に、たかだか1週間ほどの先輩にああだこうだと仕事上で指図されたくはなかったのだ。
 食器洗浄の際、乾燥機に入れる前に食器の洗剤を手洗いで奴がする。漂白剤を大量に洗剤に混ぜると強い臭いがするが、少量ならほと んど臭わないから気がつかない。でも少ない量でも猛毒ガスが発生する。それを利用したのだ。しかし、殺人罪になるかも知れない。明は幾 分おびえていた。
 毒物混入事件があちこちで起きていたが、わかるような気もする。殺してやりたくなる軽い気持ちだ。まるでカエルや蛇を殺すみたいに。
「喉頭がん?一種の職業病?」
 いつの間にか一般的なみんなの解答だった。明はなんとなく安心もしていた。職業病なら、洗浄室として当然、自然に毒物が混入したとも 考えられるからだ。
「誰かが代表でお見舞いに行けばいいんじゃない?」
 キャリア格の調理師が続けていった。代表は同じ男性でもある明さんだと。明は少しくどきっとしたが、
「いいですよ、久しぶりに顔も見たいし…」と、努めて明るくいった。
 ここまでは明の犯罪だとはだれも気がつきはしない。でも毒物混入の事実は拭えない。明は苦悩する。自分がやはり奴をがんにさせたの だ。鏡の法則というのをいつだったか聞いたことがある。いわゆる5寸釘怨念の巡り合わせがいつか自分にやってくるというものだった。
 仕事場での食事時間、何気なく楊枝をくわえた瞬間、舌の先端に破片が突き刺さった。
「いたっ!」
 どうしたの明くん、と食べていた仲間が気を遣ってくれたのだが、
「罰が当たったんです…ンいやその」といってみた。
「罰?」
 みんながきょとんとした。

 病院はどこでも同じだと明は思う。大病院でも町の医者でも。人間には見えない天敵が蔓延している現場である。ウイルスだとか、菌だと か。
「嘘だよ、明さん。がんは誤診で、単に良性のポリープ……ヘヘ」
 奴はしゃがれ声でいった。
「ん?」
 明はほっとした。心からよかったと思った。奴ががんではないと知ったからではなく、自分が殺人者にならなくて済んだからだ。
 お見舞いの品とみんなで集めたお金を手渡し、しばらく話し込んで、明は握手をして病室を出た。本当によかったと思った。自分だけでなく 、今度は奴ががんでなく、また仕事に復帰でき、一緒に毎日過ごせるかと思うと、当然うれしくなっていたのだった。もちろん漂白剤混合のい たずらもやめようという覚悟もできて、そして帰路についた。
 バスの中で明は、みんなに報告するいたずらを考えてみた。第一声「先生に聞いたところ、あと半年らしいよ、奴」と、いってみようかと考え る。苦笑った。笑いながら「みんなには本当のことをいうのが当たり前、安心させるべきさ」と思った。
 何事もなく、バスが目的停留所に着く。明は降り口のステップを踏む。
「さて明日からまた洗い場での仕事だ」
 そう呟いた瞬間に、なぜか自分でもわからないまま明は真顔で決心したのだった。
「今度こそ、あの漂白剤で奴を殺してやる!奴を!」
 明を降ろしたバスは、時刻表通りに次のバスストップまで逃げるように去っていくのだった。
(18/3/19)
「ご来光」17−9−8
 眩しいという感覚。それが男の体全体を包む。真っ赤だった。何かよくないことの前兆かなとも思うくらい不気味なほど鮮やかな赤。いいこと という発想はない。そんなとき、いいことの前兆だ、と叫んできた人生ならもう少しは変わっていただろうにと思うこのごろだった。人は消極的 、マイナス思考とかいう。どうしても目の前の現象を否定する癖がついてしまってきていた。でも今の生活で満足だ。
 男は長袖のシャツを膜って、腕の素肌を出す。まだ夏の余熱が空気に漂っている。医者の話は信用したくなかったが、自分の体が欲してい るように感じていたためにジョギングを始めた。ジョギングの途中で知り合いに逢えば、「医者にいわれてね」と繕っていた。
 金貸しの仕事で生計を立て、30年以上になる。喜ばれたことより、恨まれたことの方が多いのは仕方ないとは思う。法定利息以上の金利 だった。少ないが、しかし、喜ばれた人も何人かいる。それでいいと思っている。幼い頃から人には嫌われた思い出の方が多い。
いわゆるいじめにあった走りかも知れなかったかなと、思う。今は悲観する歳でもなかったが、背丈145センチ、顔半分がうすい痣、かけっこ は遅くいつもビリだった。みんなに笑われた少年時代だった。親には二人とも幼年期に死別。叔父の家庭での寄食者時代だった。そんな自 分がとりあえず40歳後半にマイホームを持った。自分の三人家族を物質的に幸せに出来た、と思っている。たった一人の兄は町の組員にな り、今行方不明。きっと殺されているだろう。自分は多くの自営業者を助けたふりをして稼いできたために、今の状況があった。いわゆる高利 貸しでの利益だ。
 真っ赤な朝日はご来光という。自分の影が反映したもの、仏教系でいえば、ご来迎といわれるそうだ。還暦すぎたばかりの男はそのくらいの 範囲なら知っていた。前日何があっても翌朝5時前には目が覚める。ジョギングせよとのお告げだろう。朝寝坊するほどエネルギーもない。や はり太陽が一番好きだ。なんといっても、彼、いや彼女は分け隔てなく光を注いでくれる。鳳凰にも雀にも蛇にもそして自分にも、親のように。
 物心ついた頃には、親はいなかった。親という存在が、こよなくいとおしいと思っていたのはこのせいだろう。自分は昔から蛇のように嫌わ れていた。だったら思い切り嫌われる仕事を選ぼう。それが金貸しだった。まず嫌われたのは叔父夫婦だ。「そんな家系ではない、いくら貧乏 していても」それが口癖だった育ての叔父達。兄と一緒に行方知らずも考えたが…。
 ご来光が日溜まりを作る。いつも晴れた日だけだが、一服する場所は通りから隠れた大きめの石のある処だった。真っ赤な朝日をみなが ら一日の予定を思い出す。あくせくする歳でもなかった。一件の督促と、逃げられた客の住民票確認。仮に逃げられても元金以上は取ってい た客だ。椅子代わりにした大きめの石にて軽い眠気。いつものことだ。
 足下に何かの気配がする…蛇がとぐろを巻いていたのが、男の足を警戒して動き出していたのだ。
「おまえもひなたぼっこだったのか。ごめんよ」
 気がついた男はそういって、立ち去ろうとする。子供の頃から嫌われものの蛇が彼は、好きだった。よく首に巻いて人を驚かしたものだ。さ て、その真っ白の蛇は、鎌首を持ち上げながら男の首にからみついてきた。
「どうした、おいおい何をする」
 もちろん瞬きもしない蛇の目に朝日が反射する。真っ赤な輝きが男の顔を金色に染める。
かって美しいなんて言葉は自分の中にはなかったが、えも言えぬ輝き、表現の仕方すらわからない。めまいか、とどろきか!蛇の眼球に反射 した…神?そうだ、これを神の光というのか。これがご来迎か!男は、知らぬまに深い眠りに入っていった。

 その日の昼下がり、通りがかりの主婦が警察に連絡をした状況はこうだった。
「かわいそうに、太い大きな、しかも真っ白い蛇に巻き付かれた男の人です。きっと蛇と一緒に死んでいます。でもなんだか笑っているみたい で…。とりあえず連絡しておきます」
(了)17/10/27
「はなみずき」17/05/26
 豊には満開のはなみずきの街路樹など目に入らなかった。
「死金は充分ストックがある」
 一人呟きながら、ひたすら歩く。何人かのジョギングランナーが朝の挨拶をして通り過ぎた。石畳は、つくられたばかりでき れいだ。豊は、なにも感慨はない。
 ひんやりとした薄い朝靄の流れが豊の体を包んでいる。自分が変われば、瞬時に世の中が変わると言い聞かせて今日まできた 。退院はしたものの精神病院にまで入った日々。精神異常にまで自分を変えてきてしまったのか、お笑いだ。客観的な判断可能 の時もあれば、急に意味もなく悲しくなり行きつけの本屋でうずくまり泣き出してしまうこともある。パトカーで、退院したば かりの病院へ再びつれて行かれたのは不本意だった。帰宅した先日、そしてはなみずきに誘われたものの、石畳を見ていたら、 街路樹には目がいかなくなっていた。これも人は精神異常というのだ。きっかけが花でもそれを忘れて歩くことに意味を見つけ ることだってあるのだ。
 普通が正常、少数が異常というのはどういうことなのだ。豊は、体全体で疑問を膨らませる、憤りを込めて。雀が2羽、親し げに豊の頭の上を通り過ぎる。
「馬鹿にするな、おまえの仲間ではない」
怒りは厳禁と言い聞かせてきたが、近頃いらいらが多くなってきている。ヴェクサシオン・いらだちというタイトルの小説を、 豊は思いだした。しかし中身はすっかり忘れている。
 柿色の煉瓦が敷き詰められた歩道。はなみずきの白とピンクの花びらカラーに良くあって、普通なら明るい足取りとなる。さ てその普通とは何だろう。自分以外の考え方を普通というのか。
 豊はその他大勢を避けて生きてきたはずだった。それでいいと思っていた。学生の頃多数決が民主主義と教わってはいた。や はりそれが真理だったのか。真理に逆らう者が、精神病院に入る?
 朝日がきらきらと輝き始めた。今、豊は東に向かっている。昨日までは、呟いたものだ。「今日も一日ありがとう。健康あり がとう!」
 それがどうしたというのだ。あと死ぬのを待つだけの寝たきり老人と同じように、感謝もなにも無用ではないか。来世を信じ て、そのために感謝の日を送れというのか。
 豊は、エンドレスライフを信じていたはずだった。輪廻転生。しかし欲が出て、まだ達観はできないのか。生きていたいとい う欲が持ち上がってきたのか。
 事件は豊が前方を眺めたときに起きた。はなみずきのピンクが朝の空気を華やかにしていたのだった。子猫のような、子犬。 その犬が豊めがけて吠えついてきたのだ。ひもも付けずに散歩の子犬。飼い主は数メートル離れていた。豊は、思い切り足蹴に した。一回目ははずされたのだが、それがもとでムキになったのがいけなかった。まだ食らいついてこようとする子犬を、履い ていた下駄で思い切り蹴った。
「キャン!」といって横になったのを更に思い切り踏みつけた。舌を口からはみ出したまま、子犬は死んだ。飼い主が走り寄っ た。
「メリー!」あとは絶句の婦人。
「ひもも付けないで」
 豊は呟いて、そのまま立ち去ろうとした。
「あなたのどこをこのメリーがかみついたの?けがでもしたの?踏みつけるなんて…」
「君は常識というのを知らないのか!犬を誰もが好きとは限らんのだ、馬鹿者」
「抱いていたのを、ちょっと放しただけなのに、朝早いし、誰もいないようだし、まさかあなたのようなご老人が…」
 白髪の、死に金も用意できている老人、豊だった。果たして彼は更に履いていた下駄を手に持ち替えて、すでに死んでいた子 犬に3回もの殴打を浴びせたのだった。婦人は呆然として卒倒。反対側でいつものジョギングランナーが駆け寄ってきて、婦人 を支えた。
 はなみずきの歩道は、薫りと、色と、そして真っ赤な血が流れ出した修羅場と化していた。朝日が、低めの位置でちっぽけな 事件と街路樹はなみずきを照らしていたのだった。いつものように。
(了)   17/07/02/ed
「予報」17−01−13
 雪らしい。まだみぞれだが、予報は豪雪といっていた。あらかじめ知る情報、知ったらどんなに生活が楽だろうと、幸福者は考えた。時々覗 く立派な家の中では、流行りらしいパソコンなんかやっている。それで分かるのだろうか。
 東北から身よりもなくなって都会へ出てきて10年、幸福者は毛布の中でうずくまり考えた。
 幸福者――そう自分で名付けているのは、名高い文学賞を受賞した作家が書いた「路上の幸福者」という題名が、自分たちの間では流行 語にすらなったためでもある。平たく言えば
社会組織でストレスまみれの生活より、死ぬまで、ひまといえる人生がいいかもしれない、といった話だった。
 さて、幸福者は「苦より、楽がいいさ」とつぶやきながら寝返りを打つ。だからこの道を選択したのさ、といいわけめいたことも言ったかどうか 。携帯ラジオのスイッチを消したが、気になってまたつける。電池はまだあるし・・・。
 仲間はみんな寝ていた。それぞれ関心はないのだが、なぜか気候の話題にはみんなのってくる。話をしたければ天気のことならみんなのる 。習性ともいえるのか、犬みたいに。
 贅沢だが、やはり寒いのはいやだ。そのために予報を知りたいのだ。
 幸福者は、ラジオを消して寝ることにした。明日はとりあえず雪景色だろう。寒さも目の保養で和らぐといいのだが。
 記憶の隅に水墨画がある幸福者。唯一の親族、母がいたころ、「描けるうちに描いておきな、冬景色」といいながら、しまっておいた半紙と 墨と簡単な筆の新しいのを全部をなぜか渡された。その翌日、信じられない冬の火災により、母が死んだ。水墨画は予報だった。
 朝。予報に反して、雲一つない冬晴れ。それが予報だった。
「さて」とつぶやいて幸福者は身支度をした。あちこち畳むだけだが、飛ぶ鳥あとを濁さずである。脇のベンチの知り合いに軽く会釈をして、信 号を目指した。その角の店の自動販売機を探ると、必ずと言っていいほど取り忘れのコインがある。誰にも言っていない、というより職域を荒 らさないのがモラルだった。
 その日はおでこだった。でも気にしない。他を探すか、明日まで待てばいいのだから。とりあえず現金はまだある。日が暮れるまでどこへ行 こう。ふと思い出して、河川敷、橋の下に足を向けた。同郷に近い爺さんがいた。元気にしているか、曇り空になれば雪だろうし・・・。
 以前より人が増えたみたいだ。テントの数が多い。
 爺さんの場所が変わっていた。以前の処にはいなかった。ビニールの青いテント。またにしようと、ふと集団から離れたところに目をやった。 いつものかわいがっていた野良犬がうろうろしていた。
「爺さん元気かい」
 声をかけながらいってみると犬が尾を振って飛びついてきた。
「どした?」
 いやにいつもの犬が興奮していた。幸福者は知った。
「予報だ・・・・」
 テントの中を覗かずに、小走りに引き返していった。
「さぞ寒かっただろうに、誰が見つけてくれるだろうか、あの犬は、今度はどこへ行くのだろうか。いやな予報だ」
 立ち止まり空を見上げた。いつの間にか、青空が、曇りになり、舞う風花。幸福者は、当てもなくまた歩き出した。(了)
 
秋の空(18/09/06)
 朝は雨が降っていたのに、陽が射している昼時。秋である。爽快な滑り出しの日だった。
「夕刊です!」と一声掛けて、時にはにこりとして束ねた新聞をコンビニエンスストアの店内カウンターにおいてくる。まさに瞬間芸。嵐でもな ければ、かっぱや傘は不要。その店の入り口に横づけ、それが仕事だ。
 小学校の教師だった頃とうって変わった仕事。半年が経った。車で出発する前は何人かの同僚と仕訳作業が仕事の一部だ。教育現場か ら新聞配達業界に来るのだから自分ながら大いなる転身、と加奈子は思う。
「おいおい姉さん、もっとぱきぱきやらないと、みんなに迷惑だよ」
 先輩の主婦によく言われていたものだ。
 折り込み広告から応募して採用された経緯があり、実情など全く知らなかった。ただ給料がいいというのと女性が主です、の文言が応募し た主な理由だった。
「離婚してね、子供2人。大変だホホホ」
 仕訳作業の合間に、親しくなった一部の同僚に実状を話すのには、こういうのが手っ取り早かった。実は性格の不一致での同業だった夫 と離婚後、水泳授業の時間、プールにての監督不行届のため生徒を水死させたという不本意な理由で教師を退職させられたのだった。
「邪魔だからゴミでも片づけな!」なんてことも何度言われたことか。まるでテレビに出てくるキャバクラのホステスみたいな女達が多かった。 ここも様々な人種が集まる業界になりつつあると加奈子は思った。すでにタクシー業界は流れ者の集団だったらしいが、リストラされた一流 企業の会社員、顧客の減った金融業者や税理士などがアルバイトしているときいたことがある。上層と下層階級の格差が拡大しているとす れば、逆格差なのだろうか、上下があるとすればその融合現象なのだろうか。少なくとも彼女たちより学問のある人間、気品さははるかにあ ると、加奈子は思う。
「夕刊です!置いていきます」
「ご苦労様です」
 仕訳作業の後は単独配送が、気楽でしょうにあっているのだろうか。今までの雑務ばかりの仕事は、教師といっても名ばかり、そして人間 関係の嫌らしさ。
 汗ばんできたが、気候は秋。さわやかだといってもいいだろう。夏の名残が辺りに漂う。
 車のドアを開けた時、一陣の風が頬をなでた。と同時にどんと鈍い音が響いた。突然のことだった。開けたドアに自転車が突撃して来たの だった。警察での調書は、後方確認ミス。免停にならなかっただけ幸いだったが、罰金で1日分の報酬は消えてしまう。とんだ爽快な滑り出 しの日だった。今や保証はない外注社員。以前は休んでも給料保証はあった。仕方がないのか、成り行きだから。
 加奈子は2人の子供のことを思うとき、保証という言葉がいつも気になる。亭主からの養育費は、啖呵を切った手前、とれないし、いらなか った。
「すべて保険で処理しますので、よろしく御願いします」
 事故処理はそれで終わり、後お詫びの手紙と菓子折を送って、終わりだった。教師の頃には終わりはなかった。いつまでもずるずると、そ して袋小路、馘首、懲戒免職。やめてすっきり。正解だった、離婚みたいに。
 何件かを残してその日の配送の仕事は終わりだった。朝がまたやってきたみたいに雲行きが怪しくなってきたかと思うと、ぽつりと来た。自 転車との事故は辛かったが、これから気をつければいいとの教訓と考えて良しとするか、日々これ人生。
 類は友を呼ぶのだろうから、何年かは教師をやれた。しかし、はじかれた。友ではなかったのか。配送業も、直にはじかれるだろう。加奈 子はハンドルを握り直して、最後のコンビニを後にした。今度はいつ人生からはじかれるのだろうか…。
「おっといけない発想だ」
 加奈子はまだまだそんな考えになる歳ではない、と思いながらどんよりとしてきた前方の空を眺めた。からすが二羽、よく似合う秋の空だっ た。<了>(18/10/17)